PUMA CLYDEとSUEDE CLASSIC+


 

Puma Buyer
TOKU

 


PUMAを代表するモデルとして、長年マーケットに存在し、ご存知の方も多いモデルであるが、現在流通しているSUEDE CLASSICが1990年代にアジアで作られた最も細い木型を使って作られたモデルの復刻版であることをご存知の方は少ないのではないでしょうか。

今回はこのSUEDEとCLYDEが、ストリートの定番として今日に至るまでの歴史をご紹介します。

PUMA CLYDEは、1972年に当時NBAニューヨーク・ニックスのスタープレーヤーだったウォルト・クライド・フレイジャーが着用したシグネチャーモデルとして誕生しました。

1968年メキシコオリンピックにて、陸上男子200mで金メダルを獲得したアメリカ代表のトミー・スミスが、PUMAのスウェード製のトレーニングシューズ(1968年に発売されたCRACKというモデル)を着用し表彰台に上がったことから始まります。
当時、ウォルト・フレイジャーがPUMAにリクエストしたのは、アメリカ代表が着用したシューズを自分の足の形に変更して作って欲しいというものでした。
それに対しPUMAは、木型だけでなくアッパーなど細部にスペックチェンジを施し、バスケットボールに適したデュラブルスターと呼ばれるアウトソールパターンを開発。
カップソールのデザインディテールはそのままに“CLYDE”を製作しました。

ウォルト・フレイジャーが着用したCLYDEは、当時の生産キャパを超えるほどアメリカで大人気商品となり、PUMAは工場を西ドイツからユーゴスラビアへと移動するほどとなります。

その後1979年にウォルト・フレイジャーとの契約が終了すると、以降CLYDEのロゴを失くしたスウェードアッパーのシューズを作り続けますが、このシューズにはモデル名がなく、品番が商品名とされる“90681 PUMA”という物でした。

そして、いつしか“PUMA SUEDE”と呼ばれるようになったこのモデルは、HIPHOPグループ ビースティボーイズや、プロスケーター スコット・ボーンの着用により、カジュアルシューズとして更に人気を博し、ストリートに定着。
もはやヨーロッパでの生産が出来なくなったPUMAは、徐々に工場をアジアへと移していきます。

その際に作り直した木型こそ、PUMA史上最も細いとされ、現在のSUEDE CLASSIC+に採用されている木型となっています。

1968年に、表彰台で注目を集めたPUMAのスウェードアッパーのシューズは、長い年月の中で幾度となくスペックチェンジを繰り返し、SUEDE CLASSIC+という最終形を迎えました。
現在では、トレンドに左右されることのないオーセンティックなスニーカーとして、PUMAの代名詞とも言えるモデルとなっています。

・CLYDEとSUEDEの相違点

CLYDEからSUEDE CLASSICに変わり、フォームストライプ(サイドライン)の角度が一新されました。



ヒール部のパーツFOT(Free Of Tendon)は機能の一種として採用された為、CLYDE時には無かったキャットロゴが、SUEDE移行後にブランディングとして入るようになりました。

タウンユースがメインとなったこと、ブレイクダンスやスケートボードなどのエクストリームスポーツでの人気を不動のものにしたことにより、よりタフにアップデートされた結果、それまでのセメント製法にステッチを加えた、現在のソールパターンが生まれました。

 

PUMA SUEDEといえば豊富なカラーバリエーションを連想しますが
実は定番色とされるBLACK、RED、NAVY以外のカラーで、同じ配色が採用されたことはただの一度もなく、限定物が多く存在する現在のスニーカーシーンにおいて、本当の意味でコレクタブルなアイテムとされているのも大きな魅力の一つ。
気に入ったカラーに出会った際には、是非手に入れておくことをオススメします。