CONVERSE – The Sense of JAPAN –


 

atmos バイヤー/企画
近藤 浩人

 


50年代の未完成なALL STARをフォーカスする、100周年の気概

CONVERSEは100thモデルを今年リリースして話題になっていますが、今回はatmos magでライターの小澤さんに書いて頂いたコラムを皆さんと一緒に見てCONVERSEの歴史を一緒に勉強したいと思います。CONVERSEは永遠の定番とも比喩されますが、流行り廃りがなく個人的にも好きなブランドです。お寺や神社とかもそうですが、歴史を知るのはとても楽しいことだと思いますので3分だけお時間を頂ければと思います。

2014年、コンバースは日本企画で“TimeLine”というレーベルをローンチさせた。これはアーカイブのあるモデルにスポットを当て、リモデル。注目すべきは完全なる復刻ではないことだ。メーカーが自社の骨董品を純粋にコピーする時代はとうに過ぎている。大切なのは、伸ばすべき長所と改善すべき短所に手を加えること。2008年にスタートしたコンバース アディクトも、久留米のバルカナイズド工場を使った“MADE IN JAPAN”シリーズも、根底には同じコンセプトで過去の作品を蘇らせている。プロダクトのクオリティより、むしろ新しい価値を現代に与えている点で、日本企画のコンバースは評価の集まるプロジェクトと言える。

左_ 一貫した国内生産による富士金梅の高級キャンバス。シュータン裏にはプレイヤーズネーム。
右_ 50年代後期まで使用されていたヒールラベル。白のキャンバスには赤を配置。


1953年の貴重なコンバース・イヤーブック

去る3月に発売されたALL STAR J VTG 50 HIはその象徴だった。1950年代のALL STARはディテール変遷の過度期。第二次世界大戦の終了した後、アンクルパッチのロゴマークには伝道師チャック・テイラーのサインが入り、その微細は年を追って変化していった。ヒールラベルのデザインも不安定だし、OXが登場したのも50年代のことだ。本作は中でもアンクルパッチのスターマーク内に、チャックのサインが小さく入った、1953年製のALL STARをピンポイントで狙っている。気まぐれな時代の一部分をピックアップするのは、これまで意図的に避けていたことだ。判別が複雑な時代の作品を復刻させ、マニア以外のユーザーに魅力を発信するチャレンジングな姿勢に、日本のコンバースの“かえりみず”的な勢いとプライドが伝わってくる。

近藤 2017年の秋冬には黒ベースのALL STAR J VTG 50HIが発売されます。個人的に黒ベースが好きなのでとても楽しみな1足です。

 

ブランド史上最も美しいカモフラージュを製作


2001年、日本企画によってリイシューが実現した“83CAMO”は最後のUSAメイド。よく見ると模様の割合が異なり、統一感がないなど当時ならではの雑味があった。

2017年に発売された“MADE IN JAPAN”のALL STAR J。均一に整ったカモフラージュの生地をオリジナルで製作しているため、どの靴も一様に美しい。

さらに遡って2月に発売された“MADE IN JAPAN”のALL STARは、通称“83 CAMO”と呼ばれる迷彩柄をフィーチャーしたことが話題になった。度々リバイバルされているアイコニックなこの迷彩は文字の通り1983年に登場。その年は一つのターニングポイントだった。70年代初期にベトナム戦争が終わって、平和がアメリカを反映するかのように、ALL STARはバスケット市場からタウンユースへと舵を取った。カラバリは増え、同年にマルチカラーとともに初めての柄がドロップされる。それがカモフラージュだった。過去に軍への納入歴もあるコンバースがファッションとしてそれを提案したことは、裏を返せば平和の符牒だったのかもしれない。以後、数年に渡ってリリースされるなど、息の長いモデルだった。

1992年にはデザートカモが販売されたが、このウッドランドカモの再発は最後の“MADE IN USA”のシーズンとなった2001年春夏のこと。90年代後半にようやくALL STARのライセンス契約を交わした日本のコンバースによる、満を持した企画だった。カタログには“83 CAMO”の表記。つまり、所有していた1983年製のカモをベースに体現している。作りが雑だったため、生地取りの都合にしても模様が不均一なのは写真の通り。その後、アジア製で何度か再販しているものの、最新の“83 CAMO”は“MADE IN JAPAN”で展開。


左_ 1983年の米国コンバース社のカタログ。同じく歴史的名品と誉れ高いマルチカラーも同年に発表された。単色が常だったALL STARの変化の年だった。
右_ 2001年の日本コンバース社のカタログ。モデル名に“83”が付いたのはこのタイミングから。当時は日本独自のデザインをUSA工場にオーダーできた。

 

近藤 コアカラーと呼ばれる定番以外はそのシーズンにしか基本的に手に入らない1足です。後悔しないように迷ったら早めの購入をオススメ致します。

 

80年代、あるはずのないジャパンメイドの功績

左から_ クラシックを感じる小ぶりな半円型のラバートゥ。 / ヒールラベルの下部は謎の“CONVERSE”。 / 60年代から変わらないアンクルパッチのデザイン。 / 80年代のインソールは四角い青字の囲みタグ。本来は枠外に“MADE IN USA”が付く。 / 内側に日本製を証明する緑字の貴重なスタンプが。

左から_ この小さなラバートゥを採用するのは日本製の証。 / 1976年から続いた白のヒールラベル。星の下の®もアイコン。 / こちらも60年代から不変なアンクルパッチデザイン。 / ALL STAR Jのインソールは赤字の囲みタグが特徴。 / グリーンの“MADE IN JAPAN”のスタンプ。左のモデルに倣って。

そして、“MADE IN JAPAN”のALL STARにはある一つのエピソードがある。1980年に月星化成(現ムーンスター)が米国のコンバース社と契約し、国内での販売権を取得した。ただこの時点では、基本的に輸入がほとんどで、ジャパンメイドでプロダクトの生産ができるようになるのはもう少し先の話になる。ONE STARやPRO STARなどは比較的早く久留米の工場で製造していたが、前述した通り、ALL STARのライセンス契約は90年代後期のこと。しかし、ここに日本製のALL STARがある。つま先のサイドに当て布のステッチがあることから、紛れもなく80年代製だ。中には“MADE IN JAPAN”と書かれた緑色のスタンプがあり、ヒールラベルにはあるはずの“MADE IN U.S.A”がなく、“CONVERSE”の印字が施されている。この不思議なALL STARは、どうやら米軍基地内のみで発売することを条件に日本でのプロダクションが許されたモデルだと言われている。もちろん、国内の一般流通はなかった。

改めて昨今のALL STAR Jを見ると、同じように内側に緑色のスタンプがある。この不思議な80年代をモチーフにしているからだ。ただしサイドの当て布は施されていないこと、そしてフォルムや細か
い仕様を見る限り、このもう少し後のアメリカ製ALL STARがベースになっている。しかし、“MADE IN USA”を尊ぶ時代はとうに過ぎ去ったのかもしれない。クオリティとセンスで勝負する日本製のコンバースは、確実に足元からファッションを変え、新しい時代を作っているのだ。

近藤 永遠の定番にも歴史があり、現在があります。何気なく履いてるスニーカーの歴史を探求するのも面白いのではないでしょうか?

CONVERSE ALL STAR

Photos / Yoshio Kato, Yuichi Sugita
Compiled&Text / Masayuki Ozawa